ニコちゃん備忘録

消化しきれない、もしくは覚えておきたいアレやコレたち

こんぺいとう

 盆を過ぎても、まだ暑い。アスファルトで目玉焼きが作れるんじゃないかって気温が夕方まで続く連日、今日は珍しく夕方四時半を過ぎると少し涼しかった。

 ニコちゃんは近所に住む同い年の同性のいとこちゃんが大好きで、保育園の帰り、一緒に車に乗りたいと訴えた。けれどもいとこちゃんは花火による火傷で通院の予定があり、同じ車には乗れないと説得した。

 ニコちゃんはそれはそれは泣き叫んで、同じクラスの男の子に慰められながら、「ママ抱っこぉぉぉぉお」とおねだりをして、抱っこをするとママに必死にしがみついた。

 車に乗せると、泣いてはいるものの、チャイルドシートのベルトを締めるのを妨害することはなかった。段々と感情を出すことも、我慢をすることも覚えて来ていて、成長しているのだと感じた。

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 おばあちゃんの家、つまり私の実家に行くと、まだ機嫌が悪かった。ニコちゃんにとって大叔父、私にとっての叔父に会うも、「ただいま」が言えない。最近は素直に大きな声で挨拶をしてくれるようになったけれど、感情にはまだ勝てない。

 叔父に経緯を説明して非礼を詫び、裏玄関から台所に入る。リフォームしたてでピカピカの、裏玄関と台所。リフォーム中もママが国家試験だったため、実家にお邪魔していた。お世話になりっぱなしの実家。

 台所にいた叔母、ニコちゃんにとったら大叔母にも、挨拶は出来ない。靴を脱いでも抱っこと言って泣いた。机の上の金平糖を見つけて「アレ食べるぅ」お腹が空いていたのか。

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 小さな子供とこんぺいとう。その組み合わせが何とも可愛くて、小さくてツブツブの紫色の砂糖菓子を手に取り、口に入れる。遠慮がちな甘さが直ぐに消える。3個だけと約束したけれど、ニコちゃんは4個目を取って、誤魔化して笑う。

 健康は大切だけど、笑顔と幸せも大切だから、口では怒るも4つ食べることを容認する。パパは砂糖菓子のように甘いけれど、ママも金平糖くらいに甘い。お陰でニコちゃんは、良くも悪くも、とてもワガママで、自分を曲げない子になった。優しくて素直でもある。

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 時々、自由な夜を羨ましく思う。妊娠してから卒乳まで、短くて2年、もしくは1年、長くて3年はお酒も飲めないし、夜出歩くこともない。

 小さな命を守ることで24時間365日神経をすり減らして、自分のための時間はどんどん少なくなって、それを不満に思うこともダメな母親のように感じて自分を責める。望んで手に入れた奇跡の生活だから、愚痴を言うことも憚られる。

 友達と遊ぶことも殆どない。毎日が自宅と実家の往復と、保育園の送り迎えだけで、子供の成長に比べて自分は何を成し遂げているのか、分からなくなる。育児と家事と仕事と学業とで、自分のキャパシティを超える。けれども、それを選んだのは自分だ。

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 できないことが恥ずかしくて情けなくて、実家の家族からはできないことを責められて、自分が出来損ないだと思った。不出来な母親で申し訳ないと、子供が可哀想だと思った。

 けれども、こんな母親でも、子供は「大好き」だと慕ってくれる。居なくなると、「ママぁぁあ」と泣き叫ぶ。トイレにまで探しにやって来る。ママを見つけると笑顔になる。全力で抱きついて来る。ママやパパに触られることを嫌がらない。寝っ転がっていると、必ず上に乗る。

 手を差し出すと、何の疑いもなく私の手を握る。靴が履けないと甘える(ほんとは履けるのに)。「ご飯食べさせて欲しい」とフォークを差し出す。「服、脱げない」と脱衣所でモジモジする。夜は腕枕でくっついて眠る。「おはようのちゅーは?」と聞くと、唇を尖らせて可愛くキスしてくれる。

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 「産んどいて良かったやろ」
 実母が言った。内心、憤慨した。子供がいなければ良かった、なんて、産まなければ良かった、なんて、一度も思ったことは無い。いや、思ってはいけない、と強く思っていた。その不完全さを見透かされた気がした。

 子供がいなければ良くも悪くも見れなかった世界。自分のいいところも悪いところも、子供がいなければ、感じることはなかったと思う。毎日ニコちゃんの小ささに驚いて、大きさに驚く。ニコちゃんに泣かされて、ニコちゃんに救われる。

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 最近読んだバーテンダーの漫画の中で、「主客一体」という言葉を学んだ。バーの空気はバーテンダー(主)だけが作るものではなく、お客様と共に作り上げるものだという。職場の空気も、家庭の空気も同じことが言えるかも知れない、と思った。

 私だけが家庭や職場の空気を作っている訳ではないけれど、私がいることも何かの意味を持たせてもらっているかも知れない。きっと誰しもが小さくて大きな力を秘めていて、それは誰かに何かを届けるかも知れない。

 毎日をそんな風にいつでも丁寧に生きることは難しいけれど、たまに思い出して反省したり、勇気を持てたりできたらいいなと思う。自分のちっぽけさと自分の存在意義を忘れないように気をつけたいなと思います。まる。

 それでは、また今度。