ニコちゃん備忘録

消化しきれない、もしくは覚えておきたいアレやコレたち

妊娠育児のしんどいこと、幸せなこと

 妊娠も育児も大変なことだと思う。おめでたいことだけれど、キラキラいいことばかりではない。想像していた以上に、色々なしんどさが襲ってくる。

 何がしんどいのか、考えてみたいと思う。

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 まず、2度の妊娠を経て感じたこと。妊婦は、90歳くらいのおじいさんおばあさんのようなものだと思う。こけたらダメ、重いものを持ったらダメ、体のあちこちが痛い、足元が見えなくて動きにくい、ジャンプしたらダメ、運動したらダメ。

 若いというアドバンテージはあるものの、お酒は飲めない、タバコは吸えない、コーヒー紅茶・緑茶ウーロン茶もダメ、お刺身お寿司ダメ、チーズもダメ、ローストビーフもダメ、風邪を引いたらダメ、あらゆる薬のほとんどがダメ、湿布もダメ、となると、どっこいどっこいな気もする。

 幸せだな、ありがたいな、恵まれてるな、という気持ちも、もちろんあるのだけれど、吹けば消えそうな命を常にお腹の中に抱えている責任と重圧による不自由さは、経験するまで分からなかった。

 感じ方は人それぞれだと思うけれど、最悪を考えがちな性格の私には、思った以上にしんどかった。2度目の妊娠は、1度目の妊娠の後悔や反省を活かして、気にしすぎないように気を付けた。それでも100%安心して過ごすことは到底不可能で、胎児が生きているか、気にしてもどうにもならないことを、常に気にしていた。

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 赤ちゃんがお腹の中から出てきてくれてからは、妊娠中よりは不安は減った。けれども生まれて暫くは、赤ちゃんが寝ている間も息をしているか、1時間に1回は確認した。

 2回目の乳児育児は、1回目よりも責任感が軽い。1回目の時に、ガルガルしすぎて、責任を預けることをしなくてしんどかった。反省して、あらゆる人に頼ると、責任が軽くて救われる。意識して頼らなければならないのだと思う。

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 乳児期の、特に離乳食前の時は、1ヶ月くらいで長くて2〜3時間、4ヶ月くらいで3〜4時間しか母乳育児の場合、母親は乳児から離れられない。ミルクを飲ませたらもっと長い時間可能だけれど、うちの子の場合、母親がいないとそれだけで泣く。

 この2時間縛りも地味にしんどい。赤ちゃんが可愛くて、片時も離れたくない反面、買い物をしたり、お茶を飲んだり、責任から解き放たれてリフレッシュする時間も少しは欲しい。離れても赤ちゃんのことが心配になったりするけれど、少しだけでも誰かが責任を肩代わりしてくれると、めちゃくちゃ助かる。また頑張れる。

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 ある程度おおきくなると、言葉を発して、自分で歩いてくれるようになると、すごく助かる。特に言葉で思うことを伝えられるようになると、子供も親もだいぶラクになる気がする。2〜3歳になると、「大好き」だとか、「ママに会うために生まれてきた」とか言ってくれる。そんな日は私の人生最良の日になる。

 4歳になると、自制心も少しずつ育って来て、ママのお願いを聞いてくれることが多くなる。赤ちゃんを愛でてくれて、赤ちゃんのためのガーゼを引き出しから取ってきてくれたりする。積極的に赤ちゃんと関わろうとしてくれる。

 その反面、まだまだ甘えたい気持ちもあって、したらダメなことを怒りすぎたり、大きな声を出すと、じっと黙って、ゆっくり泣き出す。いつもギリギリのところで踏ん張って、ニコちゃんなりのいい子を演じてくれているのかも知れない。泣いた時は、抱き締めて、甘えさせる。

 甘やかしすぎだと言われるけれど、固まる前のコンクリートのような子どもの心に、傷を付けることが怖くて必死に塗り直してしまう。私は失敗作だと言われてしまったけれど、この子にそんな言葉をかけるような親にはなりたくない(と思っているけど、なってしまうかも知れない)。

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 子供は2人欲しかった。まだ大人になる前に想像していた未来設計図を叶えられて、2人の子を見ていると、どれだけ泣かれても腹は立たない。幸せだなぁと思う。

 けれども泣き続けられると、というよりワガママを言われ続けると、イライラしてきてしまう。不徳の致すところだけれど、自然現象なのでどうしようもない。せめて態度にイライラは出さないように努力はする。自分勝手な人間だけど、これが私なのだと諦めて受け入れている。

 子供も私の自分勝手な性格を色濃く受け継ぎ、同い年の従姉妹に向かって、謝ってくれているのに謝り方が気に入らないと難癖をつける。私も昔、小学校の頃に、今は亡き祖父に向かって同じ難癖をつけて、祖父をキレさせた。そういうところは直した方がいい。

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 ダメなところは色々あるけれど、いいところも沢山知っている。なるべくいいところをフィールドバックしてあげたいと思うけれど、毎日それはダメ、あれもダメ、とダメ出ししかしていない気がする。

 親子共々精進します。

愛情表情

 一昨日の夜、夫が私を布団から押し出した。何事かと起きて夫を見ると、夫の後ろにニコちゃんがいた。そして夫も布団から追い出された。

 夫はニコちゃんと隣の布団に寝ていた筈なのに、私の布団にやって来て、私を布団から追い出した。そして夫も追い出されて来た。夫を起こして夫の布団で二人で寝る。ニコちゃんは私の布団で悠々と寝ていた。

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 次の日の夜、ニコちゃんは夜中、泣きながら私の体の下に手足を捩じ込もうとする。あまりに泣くので侵入を許すと、「痛い!」と怒って泣くわ殴るわ蹴るわのオンパレード。「大丈夫だよ、大好きだよ」と宥めると、落ち着いて寝てくれた。

 怒らずに対応できたのは、ニコちゃんが寝る前に、「ママ大好きだよ」と言って、キスの嵐を私に齎してくれたお陰だと思う。夫が嫉妬で邪魔をするほどに。ストレートな愛情表情のお陰で、暴れるのも愛情が故にだと信じることができた。

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 ニコちゃんはおじいちゃんおばあちゃん相手だと大人しいけれど、私が相手をすると、途端にワガママモンスターになる。何をしても気に入らないとケチを付けて、癇癪を起こす。

 母はそれを「あんたが教育をせんからや」だとか、「あんたのことを舐めてる」だとか、「導いてくれる人にはちゃんと懐く」だとか、私を悪者扱いする。自分は悪くない、と思いたがる習性は誰にでもあるものだと思うけれど、私はそんな母の戯言を律儀に間に受けて、律儀に傷つく。愚かだ。

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 ニコちゃんは私を試す。どれくらいまでなら許されるのか、自分は愛されているのか、無理難題をふっかけて試す。許されなかったら、愛されてないと判断するのか、癇癪を起こすか、大きな声で泣く。

 愛していても、物理的・精神的にワガママを聞き入れられない時もあるし、そんな試し行動で愛を測らないで欲しい。愛していることは、言葉と行動で素直に伝えて欲しい。ニコちゃんにも同じように伝えるけれど、中々実践には至らない。

 でもたまに、「ママ大好きだよ」「ママ可愛い」「いつもありがとう」「ママはニコちゃんの宝物」「ずっと一緒にいてね」と言ってくれることがある。そんな時は、とても嬉しい。ニコちゃんにもっと優しくしようと思う。単純だ。

 初めて「いつもありがとう」と言ってくれた時(正確には保育園の先生に言わされた時)は、人前にも関わらず、思わず涙が出た。恥ずかしくて必死に隠したけれど。めちゃくちゃ感動した。今までのしんどかったこと、悲しかったことが、報われた気がした。

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 思ったことは、素直に伝えて欲しいし、伝えたいと思う。毎日ニコちゃんに「大好きだよ」と言おうと心がけているけれど、忘れる日もある。ニコちゃんから「大好きだよ」と言ってくれて、私も「大好きだよ」と返す日もある。

 言わないと伝わらないから、ちゃんと伝える。ニコちゃんに伝わるように、安心してもらえるように。何より、自分のために、後悔しないように。毎日全力でニコちゃんと妹に大好きと愛してるのメッセージを伝えられたらいいな。

子育ては面白い

 深夜2時半の授乳。スマホのライトを赤ちゃんの顔に当たらないように授乳クッションの下に入れて、パンパンに張ったおっぱいを赤ちゃんに吸ってもらう。破れそうだったおっぱいが圧を失っていくのは、快感と言っても過言ではない。

 スマホと授乳クッションの合わせ技による間接照明のおかげで見える、赤ちゃんの目を閉じながらおっぱいを吸う顔を見て、興味深い気持ちが湧く。夜中1時に目が覚めて、直前に見た子供がいなくなる夢が夢であったことに安堵した。赤ちゃんのパパに似ていると言われる端正な顔を見ながら、本当に現実でなくて良かったと、改めて思う。

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 前日の夜9時半頃、私は赤ちゃんを寝かしつけるために鼻歌を歌ってゆらゆらしながら、前々日の1ヶ月健診の時に一緒になったママさんに、LINEの IDを聞かなかったことを後悔していた。

 そのせいか、夢の中で私は初めて会う女の人と食事をしていて、子供がいなくても「大丈夫大丈夫!」とたかを括っていた。数時間後にまだ子供が見つからなくて、物凄く慌てて方々探し回るも、結局見つからなくて、子供がどうなっているのか想像もできなくて、絶望したところで目が覚めた。

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 母子手帳や健診の問診票で、「子育ては楽しいですか?」という項目がある。その質問に対して、はい、いいえ、のどちらに丸を付けるか、私はいつも悩む。なぜならば私にとって子育ては、一概に楽しいものだと言い切れないから。

 自分の時間の殆ど全てを、自分以外の人のために差し出す、途切れることのない自己犠牲。ご飯やトイレやお風呂もままならない、人間らしい生活の欠如。吹けば飛ぶような、ガラス細工のような小さな命を守らなければならない重責。

 発達したSNSの向こうにある、キラキラした世界への嫉妬と羨望。家から出られない閉塞感。感じたことを共有できない孤独感。将来の漠然とした不安。

 そうしたものを無いものにできなくて、子育てが私の中の楽しいという定義に当てはまらなくて、そう思う私は欠陥人間なのかと悩んで諦めていた。どんなにSNSや看護師さんに「お母さん頑張ってますよ」と言われても、楽しいと思えないことへの劣等感と罪悪感は拭えなかった。

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 けれども今日初めて、おっぱいを吸う赤ちゃんを「面白い」と自然に思えて、まじまじと見つめた。上の子が意思表示をするようになって「面白い」と思うことは多くなったけれど、自分の意思を表現できない生後1ヶ月の赤ちゃんをこれほど気軽に面白いと思えたのは初めてで、なんだか感動した。

 赤ちゃんに対する興味は常にあった。けれどもそれは強迫観念にも近くて、赤ちゃんを死なせてはいけない、泣かせてはいけない、母親失格と思われないように、と思う気持ちが強かったように感じる。そんな責任感と世間体を手放して、純粋に赤ちゃんを愛しているか、自分に母性があるのか、自信がなくて、不安だった。

 赤ちゃんに興味を持って、面白いなあと感じると、楽しいってこういうことかと初めて気付いた。私の中で楽しいという感情は、無責任で自由の中にしか無いと思っていた。子供を持ってからは、無責任も自由も縁がなくなったので、楽しいの意味が分からなかった。色々考えすぎて、勝手に不安になって、子育てに夢中になりきれなかった。

 やっと夢中になれたのか、不安が無くなったのか、分からないけれど、今まで自分を許せなかったのが、許してあげてもいいと思えるようになった。自分はおかしくないのだと、ちゃんと楽しいと思えるのだと、少し自信が持てるようになった。

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 「楽しいですか」という聞き方にも語弊があると思う。楽しいですか、ではなく、面白いですか、と聞かれていたら、こんな長年悩みはしなかったのに。

 子育ては、楽しいのではなく、面白い。赤ちゃんの表情にしても、自分の時間の使い方や気持ちを見つめ直すにしても、余裕がなくてぶつかり合う家族関係にしても。ドラッグストアの駐車場で、ワガママを言う上の子を叱ると、泣きながら「ママとずっとくっついていたい」と言われてキュンとしたり。

 絶対に絶対に目を離さない。子供を守るためなら、自分の時間くらい、いくらでも喜んで提供する。だからどうかいなくならないで欲しい。ずっとそばで成長を見せてほしい。いなくなったらと思うと怖い。怖いのを忘れずに大切にできるよう頑張ろう。

可愛さ余って憎さ1/100倍

 ニコちゃんに保育園を休ませた。赤ちゃんが産まれてから、体調不良以外で2週間連続で休むことなく行ってくれていたから。昨日の朝、「保育園イヤじゃない?」と聞くと、首を振った後に「休みたい」と言ったので、私の体調も良かったので、休ませて甘やかしてやろうと思った。

 朝7時に起こして、8時ごろ朝ご飯を食べさせて、実家の家族に休むことを説明した。幸い、私の考えを受け入れてもらえて、休むことを反対されなかった。9時ごろに近所に散歩に出かけた。途中、カラス避けの紙で出来た大きな鷹や、骸骨の人体模型を見て、「怖い」と近寄りたがらず、道を引き返した。

 家に帰ると赤ちゃんに授乳をして、オムツを替えて、ちょっとひと休み、と思うと、ニコちゃんの見て見て攻撃。おばあちゃんに貰ったお花のお家に毛布やティッシュ、きのこの椅子や髪飾り入れを持ち込んで、秘密基地を作り上げていた。「凄いねぇ」と言いながら、赤ちゃんを寝かしつけ。やっと寝てくれて、疲れて横になっていると、祖母が、父に車で病院に連れて行ってもらうのに、ニコちゃんを連れて行ってくれるとのこと。助かった。

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 祖母のお陰でちょっとひと息ついていると、昨日は大安で、母方の伯母が出産祝いを持って来てくれた。寝た赤ちゃんを連れて、お礼を言う。その間に、赤ちゃんを取り上げてくれた助産師さんが、出産祝いを持って訪ねてくれて、母が対応した。助産師さんは母の客でもあり、先日来店してくださった際に、母が取り上げてもらったお礼として鞄をプレゼントしていて、そのお礼も兼ねてだと思う。出産祝いと共に貰ったプリンは、すぐにニコちゃんのお腹に入った。

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 病院から帰って来たニコちゃんと、伯母から貰った出産祝いを組み立てる。ディズニーキャラクターのメリーなのだけれど、電池を入れるのにドライバーが必要だった。組み立ても難しそうに感じて、お腹が空いて頭が働かなくて、ニコちゃんに先にご飯を食べようと提案(というかほぼ命令)。すると、「イヤ!」と断固拒否。放っておくと泣いていたので、慰めようと抱っこしようとすると、大きな声を出すので、赤ちゃんが起きるから辞めてと言うと更に泣く。

 下の子が産まれると上の子が可愛く思えなくなると聞いていたけれど、そんなことは無い。可愛いし頼もしいのだけれど、上の子にかけられる時間はやっぱり減る。そうすると上の子の不満が溜まって、我慢が重なると爆発する。爆発して、どう宥めても収まらないと、愛おしくて大切にしたい気持ちがプツンと切れてしまう。憎い、とさえ思ってしまう。

 祖母や父、家事を手伝いに来てくれている叔母がフォローに入ってくれる。なんとか気力を振り絞って経緯を説明すると、ニコちゃんに非があると理解してもらえる。叔母がニコちゃんを抱っこして、壁掛けの扇風機の電源を付けさせたり、出来上がった料理を手伝わせたりしてくれる。ニコちゃんの機嫌が直って、ニコニコで食卓についてくれる。

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 ご飯を食べながら、椅子に寝転がったり、「起き上がれない」と床に落ちて甘える。食器を下げることもできなくて困っていると、祖母が「眠たいんやなぁ」とニコちゃんを理解してくれる。私はそれで気付かされる。布団を敷いて、寝かしつけようとすると、「赤ちゃんの隣がいい」と言って、また大きな声を出すので、私は半分キレながら、寝ている赤ちゃんをニコちゃんの隣に連れて来ると、やっと寝てくれた。

 起きて暑くてアイスを食べて、貰ったプリンを食べて、メリーを組み立てて、ニコちゃんの機嫌は直った。夕飯を食べて、お風呂に入って、お世話になっているお礼にと、父宛てに買ったチーズケーキを開けてカットしてもらって、食べた。ニコちゃんは今日甘いものをたくさん食べているから、と、母(おばあちゃん)が小さめのものにすると、食べ終わったニコちゃんが自分でこっそりおかわりをしていた。

 そんな食べたらアカン、と私が言って、祖母(ひいおばあちゃん)が小さいものと交換してくれると、泣き喚いて手が付けられなくなった。何も出来ずに元の大きいチーズケーキをニコちゃんの皿に戻すと、ピタリと泣き止んで、私は心の中でため息をついて、ニコちゃんの将来を憂いる。大丈夫かな、この子。

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 パパが帰って来て一緒に寝る。赤ちゃんが寝なくて1時間くらいずっと授乳し続けて、乳首が痛くなって心が折れる。珍しくニコちゃんが赤ちゃんよりも先に寝てくれて助かった。しかし赤ちゃんが寝ない。辛い。辛いというほどでもないけど、しんどい。何度目か分からない授乳でやっと寝てくれて、私もすぐに意識を手放した。眠たいのに寝れないのがしんどい。休みたいのに休めないのが辛い。

 私の器は矮小で、優しくできるのに限度があるから、赤ちゃんに優しくして限度を迎えたらニコちゃんに優しくできないし、ニコちゃんに優しくして限度を迎えたら赤ちゃんに優しくできない。今は家族のサポートがあって、限界を迎えたら誰かしら助けてくれるから、子ども達も安心しているけど、これが私1人の状況だったら、どうなるんだろう。怖い。

ウンチの噴水

 おはようございます。新生児と一緒に過ごす生活も、早いもので19日目(産まれた日を1日目にするなら20日目)となりました。

 ほっといても寝ていた第二子は、立派に、抱っこして歩かないと凄い声で泣き喚くモンスターになりました。(白目)ありがたいことに人手はたくさんあるので、交代してもらいながら、なんとかやってます。里帰りから帰った後が恐怖です。

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 第二子、オムツを替えている途中で、よくウンチを噴き出すのですが。(白目)新生児のウンチ、固形じゃないんですよね。黄色くて、臭くないけどオシッコみたいな液体で、それはそれはよく飛びます。シーツ、産着、おくるみ、あらゆるものをウンチまみれにしてくれます。

 ニコちゃんの時は、お乳をやって、オムツ替えてばかりの生活を、どこか惨めに思う自分がいました。それまで、人様の下の世話をしたことがない、ありがたいことに恵まれた人生だったので。

 第二子は、全く惨めだとは感じません。眠いけど。夜中の授乳の時、眠すぎてオムツ交換たまにサボったりするけれど。母から「可愛い子やなあ」と言われてハッとしたりするけれど。

 ウンチ噴くのも可愛いなぁ、と思える程度に育児を楽しめています。それは、私が成長した訳でもなく、元々の素質でもなく、ただ単に身の回りの環境と、自分を客観視できるか否かというところだろうなと思います。

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 しんどいことをしんどいと思えるかどうか。他人が感じたことではなく、自分が感じたことを素直に認めて、大切にしたいと思います。他人にも自分にも優しくあれる人になりたいです。(甘い甘いと言われるのですが、甘くなりすぎないように頑張ります)

赤ちゃんいらん

 おはようございます。新生児との暮らし8日目、大変だと思う毎日を、一瞬の深い意味を持たない微笑みで帳消しにされる、ちょろい母です。可愛いな、眠たいな、可愛い、眠い、の繰り返しです。

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 ニコちゃんが久しぶりに保育園に行きました。パパが有給を取ってくれたので保育園を1日休ませて、退院の前日に熱を出したので保育園をもう2日休ませて、熱が下がったので登園させました。

 退院した日は大人しくてめちゃくちゃお姉さんだったのですが、次の日にはいつものワガママニコちゃんだったので、ちょっとこれは無理だと思って行かせたところもあります。ごめんね。

 保育室に入る時はすんなり入ってくれて、夕方迎えに行って先生に様子を聞くと、ちょっとイライラしてそうやけど、お友達と喧嘩とかはしなかったとのこと。謝って、お願いして、手を繋いで帰りました。

 家にあるアリエルの人形か欲しいとのことで、歩いて取りに行きました。ご近所の同い年の子を持つママさんに途中で会って、おめでたで下の子たちも同い年とのこと。また仲良く遊べたらいいな。人形とスマホを取って、補助輪付きの自転車に乗って、おばあちゃんちへ。

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 おばあちゃんちで、突然のワガママ。言っても聞かず、癇癪を起こしました。何を言っても「いらん!いらん!」と言いながら、ひいおばあちゃんを押したりするので、どんなに悲しくても暴力はダメ、物を投げてもダメだと言うと、更にヒートアップ。

 「いらん!」ママがいらんの?「ママがいい!」抱っこしたるからおいで。「いらん!」抱っこいらんの?「立って抱っこして!」それは出来ひんねん。座って抱っこしたるからおいで。「いらん!」

 小さい子にとって、ママが1週間いなくなって、やっと会えたと思ったらその腕の中には小さな赤ちゃん!という状況は、夫が突然愛人を連れて帰って来て、一緒に暮らすと言い出すのと同じくらいのストレスらしい。そんな話をひいおばあちゃんとしていると、ニコちゃんが「赤ちゃんいらん!」と大泣き。

 釣られて、違う部屋にいた寝ていた赤ちゃんも泣き出す。ひいおばあちゃんが「ママに赤ちゃん泣いてるから行ったげて、って言って」とニコちゃんに言うも、ママの膝にしがみついて泣き止まない。赤ちゃんいらんって言わんといたって、赤ちゃんお世話しやな死んじゃうねん。何を言っても大泣き。

 ひいおばあちゃんにうんちしてるか確認して、と頼むと、オムツを開けたまま放置して、赤ちゃんの足にうんちが付着。おばあちゃん、それはアカン。大きな声でつい言ってしまった。うんちのついたおくるみやオムツシートをよけて、新しいおくるみを出したり、てんやわんや。

 赤ちゃんのオムツを替えている時にニコちゃんが抱っこして、と言うので、今は我慢して!と焦って強い口調で言うと、いつの間にか泣き止んで、ひいおばあちゃんと晩ご飯を食べに行きました。ビーフシチューを2杯も食べた、とのこと。「ニコちゃんお腹空いててん。見て、いっぱい食べてすごいお腹!」ほんまや、すごいねぇ。

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 お風呂でシャワーを浴びている間にパパが帰って来て、ご飯を食べてもらって、髪を乾かしたら、夕方の癇癪と言ったことをこっそり報告。「いらんって赤ちゃんのことやったんか」赤ちゃんもやし、色々いらんかったんやろうな。

 歯を磨いて、パパに寝かしつけをしてもらいながら、赤ちゃんを見て、「○○ちゃん可愛すぎる!パパ、見て、○○ちゃん可愛い!」と妹を大絶賛するニコちゃんを見て、そう思う気持ちも本当の気持ちなんだろうなと思いました。相反する二つの気持ち。人間とは矛盾する生き物ですね。

 吐き出してスッキリしたのか、昨日の夜はイヤイヤと泣き叫ぶことはありませんでした。良かった。赤ちゃんも比較的長く寝てくれて、穏やかな夜でした。

夜中のイヤイヤ

 おはようございます。新生児と4歳児の、2人のお世話の同時進行に、あっぷあっぷの新米二児の母です。

 昼夜を問わず、1〜2時間おきの1時間程度に及ぶ授乳とおむつ替えと寝かしつけ。それにプラスして、上の子の遊び相手にご飯の準備に躾にメンタルケアに入浴補助。新生児の沐浴。自分の身の周りのこと。

 予想以上に大変です。2人とも可愛いけれど。実家に帰らせてもらっていて、ご飯と洗濯と掃除と甘えさせてもらっていて、本当に助けてもらっています。それでもしんどいと感じるので、専業主婦で1人でするのは本当にすごいと思いました。

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 昨日は退院して2日目。1日目のニコちゃんが、とんでもなくいいお姉さんっぷりだったので、病み上がりでまだお腹を下していたのもあって、保育園を休ませました。

 すると、昨日のいいお姉さんはどこいった?って感じで、超ワガママっ子に戻ってしまって、もはやママがいない方がいい子なんじゃないかってくらい、イヤイヤイヤイヤ言って、新生児のお世話で疲れてるのに、なかなかキツかったです。

 退院してきた日のいいお姉さんっぷりは、だいぶ無理してたのかも知れません。その日の夜中、暴れて泣いてました。次の日、つまり昨日の夜中も、「イヤ!イ〜〜ヤ〜〜〜!!!」と、大絶叫。一緒に寝てくれていたパパを拒否、赤ちゃんをお世話中だったママが縦抱きだっこをすると、やっと鎮火しました。その後も何度かイヤイヤと叫んでました。

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 赤ちゃんが産まれる前日に始まったこの夜中のイヤイヤ、昨日で3回目だったんですけど、何なのでしょう。日中いい子にしている反動なのか、ママを赤ちゃんに取られるのが嫌なのか、ママが構ってくれないのが嫌なのか。

 いい子にしてても、ワガママにしてても、イヤイヤと泣いていたので、きっと何しても暫く泣くと思うので、可哀想だけど、感情をコントロールできるようになるために、少し厳しめにやらなければならないことはやるように言いたいと思います。

 暴力と無礼は、例え悲しくてもしたらダメなことだと、教えないと分からないと思うし。甘やかしたいけど。可哀想だけど。厳しめに出来るよう頑張ります。

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 けれど、まだ4歳。新生児に比べると、とても大きく感じるけれど、大人と比べると、めちゃくちゃ小さくて、まだまだ甘えたい気持ちも、赤ちゃんでいたい気持ちも大きいのだろうなぁと思うと、つい甘やかしてしまいます。

 そして、自分が苦しくなって、怒って、後悔して、の繰り返しです。怒らないようにするために、ニコちゃんに我慢することを根気強く教えたいところ。が、頑張ります…。