ニコちゃん備忘録

消化しきれない、もしくは覚えておきたいアレやコレたち

早寝早起き

 ニコちゃんの妹が生まれてから101日が経った。首が殆ど座って、96日目には寝返りすらした。ニコちゃんも早かったけど、妹ちゃんも早い。2人とも首が完全に座る前に寝返りをする。

 それから、目が合うと笑ってくれるようになった。最後2ヶ月くらいから見られる笑みは、社会的微笑と言うそうで、生後間もなく見られる新生児微笑(生理的微笑)とは異なるそう。新生児の寝ている時の一瞬の微笑みも可愛かったけれど、顔を見て笑ってくれるのもめちゃくちゃ可愛い。4ヶ月になると、人を選んで笑ってくれるようになるそうなので、楽しみだ。

 涼しくなってきたので、ニコちゃんのお迎えを一緒に行ったりもする。抱っこ紐の心地良さを知ってしまって、夜も抱っこ紐じゃないと寝ない日があった。ニコちゃんも抱っこ紐大好き芸人だったので、よく似た姉妹なのかも知れない。顔はニコちゃんがママ似、妹ちゃんがパパ似と言われるけれど。

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 妹ちゃんは朝が早い。6時から7時の間には目が覚める。放っておくと10時頃まで寝るニコちゃんと全然違う。夜も早い。夜7時になると眠たくて泣く。大体8時から9時の間で寝て、深夜2〜3時と明け方5時頃に泣いておっぱいを飲む。ラッキーな時は2〜3時に1回で済むけれど、ここ数日は3〜4回起こされる。

 夜間授乳をしながら一度妹ちゃんを落っことしてしまったことがある。その時は畳に布団で寝ていて、医療機関に電話で相談して、何日か様子を見て大丈夫だったのだけれど、また落とすのが怖くて、眠さが限界の時は添い乳に切り替える。

 添い乳も窒息の危険があるけれど、落とすよりはマシ。妹ちゃんが寝るとベビーベッドに移動させる。そのままにしておくとニコちゃんに上に乗っかられたり蹴られてしまいそうで怖いので。ニコちゃんの寝相は凄い。パパとニコちゃんとママの3人で、シングルベッドを2つ繋げて寝ているけれど、大体川の字じゃなくてアルファベットのHの字になっている。

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 妹ちゃんが早寝早起きなので、ニコちゃんも早く寝てくれるようになった。妹ちゃん様々である。妹ちゃんだけ先に寝かせることもあるけれど、以前は10時11時にしか寝なかったニコちゃんが、今は8時とか9時に寝てくれるようになった。布団に入っても中々寝なくて、結局寝るのは10時になったりする日もあるけれど、それでも寝室に入ってくれるだけで大進歩だ。

 ニコちゃんが余りにもワガママ星人なので、最近は「ママもうご飯作らないよ」「お風呂一緒に入らない」「もう一緒に遊ばない」「妹ちゃんと家を出る」と脅している。発動順位としては、優しく注意>キツめの口調で叱る>脅す>鬼から電話、で、なるべく言わないようにするのだけれど、言うことなんて聞かない。聞けない。私の堪忍袋が切れるタイミングも、日に日に早くなって、叱るをすっ飛ばして脅してしまう毎日。反省。

 いつでも何があっても優しく思いやりに溢れた母親でいたいのに、現在は理想像とは程遠い。赤ちゃんとニコちゃんを死なないようにするだけで精一杯の時が殆どだ。3人の子供を育てていて、3歳の長男を殴ってしまった被告の母親の気持ちが分かる。画面の向こうにいるのは、もしかしたら私かも知れない。孤独だという育児中の人の言葉に救われる。昏い気持ちでいるのは、私だけじゃないのだ、と。

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 ワクチン接種の2回目が済んで、会場で待機中です。今のところ副作用もアナフィラキシーも血管迷走神経反射もなく、一安心。誰かと常に連絡を取れるようにして、今後に備えます。

寝ぐずり抱っこでキョロキョロ

 ワクチンの予約が取れた。田舎なので、親戚一同連絡を取り合って、朝の8時半から私の分を取ってくれて、叔父と叔母が行きつけの小さな医院で夫の分を押さえてくれた。私は同院に電話をして、夫の番号を伝えて日時を確定させた。

 千葉で痛ましい事態が起きた。妊娠8ヶ月の女性がコロナウィルスに感染し、お腹の張りや出血を保健所に訴えたものの、コロナ患者を受け入れる産科が見つからず、自宅で出産を余儀なくされ、その赤ちゃんは救急搬送された病院で亡くなってしまった。つい最近まで妊婦だった身として、他人事とは思えず、居た堪れない。

 私の姉も妊婦だ。そのニュースを見る前だろうけど、偶然にも姉もコロナワクチンの予約を昨日取った。アメリカからは、妊婦もワクチンを打つよう推奨する声もある。半年前までは妊婦のワクチンは各自の判断に一任されていた。情報は毎日、毎時間、更新されていく。

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 ウィルスが怖いので、基本毎日家に引き篭もっている。けれどもニコちゃんを保育園には行かせている。ニコちゃんは家にいたがるけれど、色々な理由をつけて保育園に送り込む。けれども毎朝「今日、保育園、休み?」と尋ねられて、行きたくないのかと訊くと、「行きたくない」と答える。保育園は楽しいけれど、家にいる方が楽しい、のだそう。可愛い奴め。

 可愛いけれど、イライラする時もある。今朝も、夫が出勤した後に、イヤイヤをされながら1人で保育園に行かせる準備をしていたところ、ニコちゃんが今日がゴミを出す日だと気づいて、「ママ、今日ゴミの日ちゃうの?ゴミ出した?」と聞いてきた。まだ出してないよ、これから出すところだと言うと、「何してんの、早く出しや!」と諫めるように命令されて、カチンと来た。

 いやママ、ニコちゃんが準備しないからしてあげてるんですけど?ゴミ出せ言うんやったら自分でして!と言うと、「自分でするから早く出してきぃや!」とまだ偉そうに言って、ご飯どこにあんの?と聞くので説明すると、朝ご飯を食べ始める。普段どれだけニコちゃんのために尽くしているか分かっているのか、と、ムカムカしながらも、せっかくのやる気を伸ばすために言うことを聞く。

 自分のやりたいことやしたいことを中断して、人に言われたことを即座にするのは、我の強い私にとってものすごくストレスに感じる。けれどもそれは私の欠点であるし、そんなことで我が子に目くじらを立てる自分の器の小ささが恥ずかしくなる。ニコちゃんは偉そうにするけれど、自分でやると言ったことはしてくれるので、そこは頼もしいと思う。

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 我が家の2ヶ月の赤ちゃんは、寝ぐずりがすごい。普段は放ったらかしにしていても、機嫌良く1人で遊んでくれているのだけれども、眠い時は何が何でも泣く。多くの赤ちゃんがそうだと思うのだけれど、抱っこして歩かないと泣く。歩くのを止めた瞬間、もしくはベッドやスイングに置いた瞬間、火がついたように泣く。泣くのが激しければ激しいほど、抱っこして歩くと数分で寝る。機嫌が悪い日は、一日中抱っこする羽目になる。それもまた良き思い出になる日が来る。

 今朝そんな訳で泣いたので抱っこしていると、キョロキョロと周りを見回す。毎日いる部屋で、物珍しいものはない筈なのに、初めて見るかのようにキョロキョロと目玉を動かす。そこではたと気が付いた。床で寝ている時の視点と、大人に抱っこされている時の視点は、まるで違うのだ。毎日見る部屋でも、初めて目にするものが沢山あるのかも、と。

 私は人の気持ちを察するのが苦手で、先日も、夫の意志を汲み取れず、見当違いな気遣いをした。結果、夫の手間と負担を激増させた。あとからそのことに気付き、猛省した。私にはそんなところがある。思いやりとか気遣いとか空気を読む力に欠けている。観察力がないのだ。

 けれども一度気付くと、色々な想像を働かして、先回りして世話を焼くことが出来る。読み違えていることも多々あるけれども。自分の悪いところばかり目について落ち込むので、誰か私の良いところを毎日教えて欲しい。夫は決して私の欠点を指摘しないので、一緒にいて息が詰まることがあまり無い。いや殆ど無い。全然ない。きっと私の気付かないところで、色々我慢してくれているのだろうと思う。ごめんね。ありがとう。

 全然気付かないけど、気付けたことは前進の証だと思うので、大切にしたい。まだまだ気付けていない沢山のことがあるだろうけど、恥ずかしいけれど、昨日より今日、今日より明日で、少しずつ変わっていけたらなと思う。難しいかも知れないけど。取り敢えず姉に、出産祝いのお返しを考えるのと、出産祝い何がいいか考えといてと伝えよう。

ママが大好き

 抱っこ布団に置くと怒る、入眠して間もない生後2ヶ月と2日の第二子を抱きながら、この子は私のことが大好きなのだと、しみじみ思う。温かくて柔らかくて清潔な、すべすべでモチモチの大仏のような寝顔を見ながら、そう思った理由や、天使だと思ったことを振り返る。

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 出産した病院にいる時から、「お母さんの側にいると大人しいね」と呆れたように笑われていた。なぜなら、「ナースステーションにいた時は、ものすごく泣いていた」そうだから。「お母さんの近くにいると安心するのかな」と、看護師さん(助産師さんかも知れない)が言う。その時は偶々だろう、と思っていたのだけれど。

 実家に帰ってからも、私が上の子を連れて出かけたりして家を空ける度に、理由もなく手がつけられないほど泣いて、電話がかかってきた。その時はおっぱいが足りてないのかと思っていたけれど、今振り返ると私が足りてなかったんだと思う。

 家に帰ってからも、私が出かけると、泣く。夫はその間、ずっと5キロ以上ある赤ちゃんを抱っこして歩き回らなければならない。用事を済ませて家に帰ると、夫はいつもげっそりしている。

 冗談めかして夫は「ママセンサーが付いてる」と言う。私が離れると作動する。私が家を出る時に、おっぱいをたらふくあげて寝かしつけても、玄関の扉が閉まった途端に目を開けて泣くらしい。本当にセンサーが付いているのかも知れない。

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 私がいないと泣いて大変な子だけれども、私がいると大人しいので、私はあまり手を焼いていない。(その分私の周りの人が大変な思いをしている。)眠い時と、お腹が空いた時(喉が渇いた時)以外は、ほったらかしにしていても、非常に大人しい。テレビを見ながら、手足をバタバタして遊んでくれている。

 その代わり、寝ぐずりとおっぱいが欲しい時の泣きが半端ない。家中に、いや下手したら近所中に響き渡る大絶叫で、この世の終わりかってくらい泣き叫ぶ。眠い時は必ず泣く。泣いたら眠いって分かる。抱っこして歩くと、一瞬で寝る。究極に眠い時は、大好きな魔法のおっぱいすら拒否する。抱っこして歩く以外は全力で泣いて拒否する。非常に分かりやすい。

 眠さが最大の敵で、眠くなければ大体機嫌が良くて、放置してたりする。用事やリフレッシュが終わって、赤ちゃんを覗き込むと、目が合ったらニコッと笑ってくれる。マジ天使。もう天使。むちゃ天使!!

 赤ちゃんは5つのタイプに分かれるって聞いたことあるけど、間違いなくこの子は天使タイプ。祖母が「寝る子はマメな親助け」って、口癖のように言うけど、ほんとに親助け。天使タイプの友達の子を羨ましく思ったりもしたけど、本当に天使タイプの子っているんですね。ビックリ。

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 グニャグニャでほわほわでポカポカな、この子を産んで本当に良かったと思う。ニコちゃんの時も幸せだったけど、辛かったと思うことが多くて、でもニコちゃんのことを大好きなんだけど、けど今の方が子育ての幸せを噛み締めてる感がある。

 自己否定や不安が少なくてメンタルが安定している。メンヘラな私にとっては非常に嬉しい誤算。母も、私を産んで、同じように子育ての幸せを噛み締めてくれていただろうか。それなら私の産まれた意味もあると思いたい。まあ、例え母に否定されても、私には子ども達と夫がいてくれるから大丈夫だけど。

 夫と暮らすようになって、母から離れて、夫から色んなことを教えてもらった。ニコちゃんが産まれて、色んなことを学んで、この上なく愛してもらえた。2人目が産まれて、絶対的味方がもう1人増えた。

 けど、陣痛は足が勝手に震えるくらい恐怖なので、3人目はもういい気がする。とか言って、出来たらどうしよう。しばらくは、4人でボチボチ頑張りたい。

妊娠育児のしんどいこと、幸せなこと

 妊娠も育児も大変なことだと思う。おめでたいことだけれど、キラキラいいことばかりではない。想像していた以上に、色々なしんどさが襲ってくる。

 何がしんどいのか、考えてみたいと思う。

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 まず、2度の妊娠を経て感じたこと。妊婦は、90歳くらいのおじいさんおばあさんのようなものだと思う。こけたらダメ、重いものを持ったらダメ、体のあちこちが痛い、足元が見えなくて動きにくい、ジャンプしたらダメ、運動したらダメ。

 若いというアドバンテージはあるものの、お酒は飲めない、タバコは吸えない、コーヒー紅茶・緑茶ウーロン茶もダメ、お刺身お寿司ダメ、チーズもダメ、ローストビーフもダメ、風邪を引いたらダメ、あらゆる薬のほとんどがダメ、湿布もダメ、となると、どっこいどっこいな気もする。

 幸せだな、ありがたいな、恵まれてるな、という気持ちも、もちろんあるのだけれど、吹けば消えそうな命を常にお腹の中に抱えている責任と重圧による不自由さは、経験するまで分からなかった。

 感じ方は人それぞれだと思うけれど、最悪を考えがちな性格の私には、思った以上にしんどかった。2度目の妊娠は、1度目の妊娠の後悔や反省を活かして、気にしすぎないように気を付けた。それでも100%安心して過ごすことは到底不可能で、胎児が生きているか、気にしてもどうにもならないことを、常に気にしていた。

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 赤ちゃんがお腹の中から出てきてくれてからは、妊娠中よりは不安は減った。けれども生まれて暫くは、赤ちゃんが寝ている間も息をしているか、1時間に1回は確認した。

 2回目の乳児育児は、1回目よりも責任感が軽い。1回目の時に、ガルガルしすぎて、責任を預けることをしなくてしんどかった。反省して、あらゆる人に頼ると、責任が軽くて救われる。意識して頼らなければならないのだと思う。

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 乳児期の、特に離乳食前の時は、1ヶ月くらいで長くて2〜3時間、4ヶ月くらいで3〜4時間しか母乳育児の場合、母親は乳児から離れられない。ミルクを飲ませたらもっと長い時間可能だけれど、うちの子の場合、母親がいないとそれだけで泣く。

 この2時間縛りも地味にしんどい。赤ちゃんが可愛くて、片時も離れたくない反面、買い物をしたり、お茶を飲んだり、責任から解き放たれてリフレッシュする時間も少しは欲しい。離れても赤ちゃんのことが心配になったりするけれど、少しだけでも誰かが責任を肩代わりしてくれると、めちゃくちゃ助かる。また頑張れる。

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 ある程度おおきくなると、言葉を発して、自分で歩いてくれるようになると、すごく助かる。特に言葉で思うことを伝えられるようになると、子供も親もだいぶラクになる気がする。2〜3歳になると、「大好き」だとか、「ママに会うために生まれてきた」とか言ってくれる。そんな日は私の人生最良の日になる。

 4歳になると、自制心も少しずつ育って来て、ママのお願いを聞いてくれることが多くなる。赤ちゃんを愛でてくれて、赤ちゃんのためのガーゼを引き出しから取ってきてくれたりする。積極的に赤ちゃんと関わろうとしてくれる。

 その反面、まだまだ甘えたい気持ちもあって、したらダメなことを怒りすぎたり、大きな声を出すと、じっと黙って、ゆっくり泣き出す。いつもギリギリのところで踏ん張って、ニコちゃんなりのいい子を演じてくれているのかも知れない。泣いた時は、抱き締めて、甘えさせる。

 甘やかしすぎだと言われるけれど、固まる前のコンクリートのような子どもの心に、傷を付けることが怖くて必死に塗り直してしまう。私は失敗作だと言われてしまったけれど、この子にそんな言葉をかけるような親にはなりたくない(と思っているけど、なってしまうかも知れない)。

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 子供は2人欲しかった。まだ大人になる前に想像していた未来設計図を叶えられて、2人の子を見ていると、どれだけ泣かれても腹は立たない。幸せだなぁと思う。

 けれども泣き続けられると、というよりワガママを言われ続けると、イライラしてきてしまう。不徳の致すところだけれど、自然現象なのでどうしようもない。せめて態度にイライラは出さないように努力はする。自分勝手な人間だけど、これが私なのだと諦めて受け入れている。

 子供も私の自分勝手な性格を色濃く受け継ぎ、同い年の従姉妹に向かって、謝ってくれているのに謝り方が気に入らないと難癖をつける。私も昔、小学校の頃に、今は亡き祖父に向かって同じ難癖をつけて、祖父をキレさせた。そういうところは直した方がいい。

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 ダメなところは色々あるけれど、いいところも沢山知っている。なるべくいいところをフィールドバックしてあげたいと思うけれど、毎日それはダメ、あれもダメ、とダメ出ししかしていない気がする。

 親子共々精進します。

愛情表情

 一昨日の夜、夫が私を布団から押し出した。何事かと起きて夫を見ると、夫の後ろにニコちゃんがいた。そして夫も布団から追い出された。

 夫はニコちゃんと隣の布団に寝ていた筈なのに、私の布団にやって来て、私を布団から追い出した。そして夫も追い出されて来た。夫を起こして夫の布団で二人で寝る。ニコちゃんは私の布団で悠々と寝ていた。

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 次の日の夜、ニコちゃんは夜中、泣きながら私の体の下に手足を捩じ込もうとする。あまりに泣くので侵入を許すと、「痛い!」と怒って泣くわ殴るわ蹴るわのオンパレード。「大丈夫だよ、大好きだよ」と宥めると、落ち着いて寝てくれた。

 怒らずに対応できたのは、ニコちゃんが寝る前に、「ママ大好きだよ」と言って、キスの嵐を私に齎してくれたお陰だと思う。夫が嫉妬で邪魔をするほどに。ストレートな愛情表情のお陰で、暴れるのも愛情が故にだと信じることができた。

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 ニコちゃんはおじいちゃんおばあちゃん相手だと大人しいけれど、私が相手をすると、途端にワガママモンスターになる。何をしても気に入らないとケチを付けて、癇癪を起こす。

 母はそれを「あんたが教育をせんからや」だとか、「あんたのことを舐めてる」だとか、「導いてくれる人にはちゃんと懐く」だとか、私を悪者扱いする。自分は悪くない、と思いたがる習性は誰にでもあるものだと思うけれど、私はそんな母の戯言を律儀に間に受けて、律儀に傷つく。愚かだ。

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 ニコちゃんは私を試す。どれくらいまでなら許されるのか、自分は愛されているのか、無理難題をふっかけて試す。許されなかったら、愛されてないと判断するのか、癇癪を起こすか、大きな声で泣く。

 愛していても、物理的・精神的にワガママを聞き入れられない時もあるし、そんな試し行動で愛を測らないで欲しい。愛していることは、言葉と行動で素直に伝えて欲しい。ニコちゃんにも同じように伝えるけれど、中々実践には至らない。

 でもたまに、「ママ大好きだよ」「ママ可愛い」「いつもありがとう」「ママはニコちゃんの宝物」「ずっと一緒にいてね」と言ってくれることがある。そんな時は、とても嬉しい。ニコちゃんにもっと優しくしようと思う。単純だ。

 初めて「いつもありがとう」と言ってくれた時(正確には保育園の先生に言わされた時)は、人前にも関わらず、思わず涙が出た。恥ずかしくて必死に隠したけれど。めちゃくちゃ感動した。今までのしんどかったこと、悲しかったことが、報われた気がした。

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 思ったことは、素直に伝えて欲しいし、伝えたいと思う。毎日ニコちゃんに「大好きだよ」と言おうと心がけているけれど、忘れる日もある。ニコちゃんから「大好きだよ」と言ってくれて、私も「大好きだよ」と返す日もある。

 言わないと伝わらないから、ちゃんと伝える。ニコちゃんに伝わるように、安心してもらえるように。何より、自分のために、後悔しないように。毎日全力でニコちゃんと妹に大好きと愛してるのメッセージを伝えられたらいいな。

子育ては面白い

 深夜2時半の授乳。スマホのライトを赤ちゃんの顔に当たらないように授乳クッションの下に入れて、パンパンに張ったおっぱいを赤ちゃんに吸ってもらう。破れそうだったおっぱいが圧を失っていくのは、快感と言っても過言ではない。

 スマホと授乳クッションの合わせ技による間接照明のおかげで見える、赤ちゃんの目を閉じながらおっぱいを吸う顔を見て、興味深い気持ちが湧く。夜中1時に目が覚めて、直前に見た子供がいなくなる夢が夢であったことに安堵した。赤ちゃんのパパに似ていると言われる端正な顔を見ながら、本当に現実でなくて良かったと、改めて思う。

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 前日の夜9時半頃、私は赤ちゃんを寝かしつけるために鼻歌を歌ってゆらゆらしながら、前々日の1ヶ月健診の時に一緒になったママさんに、LINEの IDを聞かなかったことを後悔していた。

 そのせいか、夢の中で私は初めて会う女の人と食事をしていて、子供がいなくても「大丈夫大丈夫!」とたかを括っていた。数時間後にまだ子供が見つからなくて、物凄く慌てて方々探し回るも、結局見つからなくて、子供がどうなっているのか想像もできなくて、絶望したところで目が覚めた。

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 母子手帳や健診の問診票で、「子育ては楽しいですか?」という項目がある。その質問に対して、はい、いいえ、のどちらに丸を付けるか、私はいつも悩む。なぜならば私にとって子育ては、一概に楽しいものだと言い切れないから。

 自分の時間の殆ど全てを、自分以外の人のために差し出す、途切れることのない自己犠牲。ご飯やトイレやお風呂もままならない、人間らしい生活の欠如。吹けば飛ぶような、ガラス細工のような小さな命を守らなければならない重責。

 発達したSNSの向こうにある、キラキラした世界への嫉妬と羨望。家から出られない閉塞感。感じたことを共有できない孤独感。将来の漠然とした不安。

 そうしたものを無いものにできなくて、子育てが私の中の楽しいという定義に当てはまらなくて、そう思う私は欠陥人間なのかと悩んで諦めていた。どんなにSNSや看護師さんに「お母さん頑張ってますよ」と言われても、楽しいと思えないことへの劣等感と罪悪感は拭えなかった。

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 けれども今日初めて、おっぱいを吸う赤ちゃんを「面白い」と自然に思えて、まじまじと見つめた。上の子が意思表示をするようになって「面白い」と思うことは多くなったけれど、自分の意思を表現できない生後1ヶ月の赤ちゃんをこれほど気軽に面白いと思えたのは初めてで、なんだか感動した。

 赤ちゃんに対する興味は常にあった。けれどもそれは強迫観念にも近くて、赤ちゃんを死なせてはいけない、泣かせてはいけない、母親失格と思われないように、と思う気持ちが強かったように感じる。そんな責任感と世間体を手放して、純粋に赤ちゃんを愛しているか、自分に母性があるのか、自信がなくて、不安だった。

 赤ちゃんに興味を持って、面白いなあと感じると、楽しいってこういうことかと初めて気付いた。私の中で楽しいという感情は、無責任で自由の中にしか無いと思っていた。子供を持ってからは、無責任も自由も縁がなくなったので、楽しいの意味が分からなかった。色々考えすぎて、勝手に不安になって、子育てに夢中になりきれなかった。

 やっと夢中になれたのか、不安が無くなったのか、分からないけれど、今まで自分を許せなかったのが、許してあげてもいいと思えるようになった。自分はおかしくないのだと、ちゃんと楽しいと思えるのだと、少し自信が持てるようになった。

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 「楽しいですか」という聞き方にも語弊があると思う。楽しいですか、ではなく、面白いですか、と聞かれていたら、こんな長年悩みはしなかったのに。

 子育ては、楽しいのではなく、面白い。赤ちゃんの表情にしても、自分の時間の使い方や気持ちを見つめ直すにしても、余裕がなくてぶつかり合う家族関係にしても。ドラッグストアの駐車場で、ワガママを言う上の子を叱ると、泣きながら「ママとずっとくっついていたい」と言われてキュンとしたり。

 絶対に絶対に目を離さない。子供を守るためなら、自分の時間くらい、いくらでも喜んで提供する。だからどうかいなくならないで欲しい。ずっとそばで成長を見せてほしい。いなくなったらと思うと怖い。怖いのを忘れずに大切にできるよう頑張ろう。

可愛さ余って憎さ1/100倍

 ニコちゃんに保育園を休ませた。赤ちゃんが産まれてから、体調不良以外で2週間連続で休むことなく行ってくれていたから。昨日の朝、「保育園イヤじゃない?」と聞くと、首を振った後に「休みたい」と言ったので、私の体調も良かったので、休ませて甘やかしてやろうと思った。

 朝7時に起こして、8時ごろ朝ご飯を食べさせて、実家の家族に休むことを説明した。幸い、私の考えを受け入れてもらえて、休むことを反対されなかった。9時ごろに近所に散歩に出かけた。途中、カラス避けの紙で出来た大きな鷹や、骸骨の人体模型を見て、「怖い」と近寄りたがらず、道を引き返した。

 家に帰ると赤ちゃんに授乳をして、オムツを替えて、ちょっとひと休み、と思うと、ニコちゃんの見て見て攻撃。おばあちゃんに貰ったお花のお家に毛布やティッシュ、きのこの椅子や髪飾り入れを持ち込んで、秘密基地を作り上げていた。「凄いねぇ」と言いながら、赤ちゃんを寝かしつけ。やっと寝てくれて、疲れて横になっていると、祖母が、父に車で病院に連れて行ってもらうのに、ニコちゃんを連れて行ってくれるとのこと。助かった。

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 祖母のお陰でちょっとひと息ついていると、昨日は大安で、母方の伯母が出産祝いを持って来てくれた。寝た赤ちゃんを連れて、お礼を言う。その間に、赤ちゃんを取り上げてくれた助産師さんが、出産祝いを持って訪ねてくれて、母が対応した。助産師さんは母の客でもあり、先日来店してくださった際に、母が取り上げてもらったお礼として鞄をプレゼントしていて、そのお礼も兼ねてだと思う。出産祝いと共に貰ったプリンは、すぐにニコちゃんのお腹に入った。

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 病院から帰って来たニコちゃんと、伯母から貰った出産祝いを組み立てる。ディズニーキャラクターのメリーなのだけれど、電池を入れるのにドライバーが必要だった。組み立ても難しそうに感じて、お腹が空いて頭が働かなくて、ニコちゃんに先にご飯を食べようと提案(というかほぼ命令)。すると、「イヤ!」と断固拒否。放っておくと泣いていたので、慰めようと抱っこしようとすると、大きな声を出すので、赤ちゃんが起きるから辞めてと言うと更に泣く。

 下の子が産まれると上の子が可愛く思えなくなると聞いていたけれど、そんなことは無い。可愛いし頼もしいのだけれど、上の子にかけられる時間はやっぱり減る。そうすると上の子の不満が溜まって、我慢が重なると爆発する。爆発して、どう宥めても収まらないと、愛おしくて大切にしたい気持ちがプツンと切れてしまう。憎い、とさえ思ってしまう。

 祖母や父、家事を手伝いに来てくれている叔母がフォローに入ってくれる。なんとか気力を振り絞って経緯を説明すると、ニコちゃんに非があると理解してもらえる。叔母がニコちゃんを抱っこして、壁掛けの扇風機の電源を付けさせたり、出来上がった料理を手伝わせたりしてくれる。ニコちゃんの機嫌が直って、ニコニコで食卓についてくれる。

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 ご飯を食べながら、椅子に寝転がったり、「起き上がれない」と床に落ちて甘える。食器を下げることもできなくて困っていると、祖母が「眠たいんやなぁ」とニコちゃんを理解してくれる。私はそれで気付かされる。布団を敷いて、寝かしつけようとすると、「赤ちゃんの隣がいい」と言って、また大きな声を出すので、私は半分キレながら、寝ている赤ちゃんをニコちゃんの隣に連れて来ると、やっと寝てくれた。

 起きて暑くてアイスを食べて、貰ったプリンを食べて、メリーを組み立てて、ニコちゃんの機嫌は直った。夕飯を食べて、お風呂に入って、お世話になっているお礼にと、父宛てに買ったチーズケーキを開けてカットしてもらって、食べた。ニコちゃんは今日甘いものをたくさん食べているから、と、母(おばあちゃん)が小さめのものにすると、食べ終わったニコちゃんが自分でこっそりおかわりをしていた。

 そんな食べたらアカン、と私が言って、祖母(ひいおばあちゃん)が小さいものと交換してくれると、泣き喚いて手が付けられなくなった。何も出来ずに元の大きいチーズケーキをニコちゃんの皿に戻すと、ピタリと泣き止んで、私は心の中でため息をついて、ニコちゃんの将来を憂いる。大丈夫かな、この子。

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 パパが帰って来て一緒に寝る。赤ちゃんが寝なくて1時間くらいずっと授乳し続けて、乳首が痛くなって心が折れる。珍しくニコちゃんが赤ちゃんよりも先に寝てくれて助かった。しかし赤ちゃんが寝ない。辛い。辛いというほどでもないけど、しんどい。何度目か分からない授乳でやっと寝てくれて、私もすぐに意識を手放した。眠たいのに寝れないのがしんどい。休みたいのに休めないのが辛い。

 私の器は矮小で、優しくできるのに限度があるから、赤ちゃんに優しくして限度を迎えたらニコちゃんに優しくできないし、ニコちゃんに優しくして限度を迎えたら赤ちゃんに優しくできない。今は家族のサポートがあって、限界を迎えたら誰かしら助けてくれるから、子ども達も安心しているけど、これが私1人の状況だったら、どうなるんだろう。怖い。